生きづらさ

幸せと不幸せは表裏一体、真の幸せとは不幸や不運を含んだもの。

こんにちは、心理カウンセラー諏訪田(すわだ)佳代です。

今日の記事は
幸せについて
考える記事です。

いいことだけを
私たちは見がちになりますが、
不運や不幸の出来事を
切り離して生きることは
本当に長期的な幸せに
つながるのでしょうか。

不運や不幸が
幸せにつながるとしたら
それはどんな時でしょう。

人生最後、死にゆく時に
どんな人生だったら
幸せだったと思えるでしょうか。

そんなことを
考えていきたいと思います。

今まで人生のどこかで
幸せについて
じっくり考えてみられたこと
あるでしょうか。

もしあるとしたら、
それはどんなことでしょう?

結婚したら?
仕事で自己実現できたら?
お金持ちになったら?
名声を得たら?

今日、この記事の最後に
下記のことを
ご自身に問うてみてください。
「今、死の床にあるとして、
どんな人生だったら、
幸せだったと思えるでしょうか。」

tangibleとintangibleな幸せ

tangibleなものは、
家、現金、物的財産、所得に加え
社会的地位も
ここにあたります。

intangibleなものは、
可視化、数値化できない財産
他人との比較でもない
世間や親がよしとするものでもない
誰かの期待に応えるためでもない
勝ち負けと関係ない、
自分にとって価値があり
喜びや豊かさを
もたらしてくれるものです。

それは、たとえば
愛情や自主性、主体性、
自己統合感、
自由などがあります。

幸せって何なんでしょうか。
こんな研究結果があります。

人間の愚かな特性を
うまい言葉で言い当てたのが、
プリンストン大学名誉教授で
ノーベル経済学賞受賞者でもある
ダニエル・カーネマンです。
その言葉とは、「フォーカシング
イリュージョン」です。

フォーカシングは焦点をあわせること、
イリュージョンは幻想。だから、
フォーカシングイリュージョンはとは、
間違ったところに焦点を
当ててしまいたいという意味です。

つまり、「人は所得などの
特定の価値を得ることが
必ずしも幸福に
直結しないにもかかわらず、
それらを過大評価してしまう
傾向がある。」

カーネマンらは、
「感情的幸福」は、
年収7万5千ドル(約750万)までは、
収入に比例して増大するのに対し、
7万5千ドルを超えると
比例しなくなる、
という研究結果を得ています。

幸せのメカニズム実践・幸福学入門

最初はtangibleな幸せを
求めるのは自然な流れです。

人生を歩んでいくなかで
想定外な出来事、
とても苦悩を感じること、
不幸な出来事、
それは誰の人生にも起き、
そうした出来事を経て、
幸せの意味が変化していきます。

例えば、仕事での失敗や
大事な人をなくしたり、
人生がうまくいかなくて
心を打ち砕かれるような出来事があって、
そこから心が癒えていった時に
心が変容することが
起きざるをえず、
その時に幸せが何か見えてきたりします。

その時に、その不幸を癒しへ
支えてくれる
受けとめてくれる人がいると、
幸せの量を求めるとこから
幸せの質を変えることにシフトする
きっかけになったりします。

出来事を通して
自分が変わることで、
10年前に感じた幸せと
今感じる幸せは
変わっていきます。

不幸と幸せは表裏一体

不幸なこと、よくないこと、
それは本当にイケてないこと
なのでしょうか。

かっこいいこと
うまくいっていることだけに
しようとしたほうが
いいのでしょうか。

そんなことはありません。
不幸を切り離して
それをないことにして
生きるのは
ずっと苦しいです。

どんなに外的なことが
うまくいっても
内的にはずっと
満たされないまま
最後を迎えるのは
死に間際の苦しみが
大きくなります。

幸せも不運もどちらもあって
はじめて全体です。
幸せと不幸は表裏一体なのだから
それを分割するのでなく、
どちらもを受け入れる姿勢は
人生や出来事を
大局的にとらえようと
するところから生まれます。

そのことがイメージしやすい
人生万事塞翁が馬という
物語を見ていきましょう。

昔、中国北方の塞(とりで)
近くに住む
占いの巧みな老人(塞翁)の馬が、
胡の地方に逃げ、
人々が気の毒がると、
老人は「そのうちに福が来る」と言った。

やがて、その馬は
胡の駿馬を連れて戻ってきた。
人々が祝うと、今度は
「これは不幸の元になるだろう」と言った。

すると胡の馬に乗った老人の息子は、
落馬して足の骨を折ってしまった。
人々がそれを見舞うと、老人は
「これが幸福の基になるだろう」と言った。

一年後、胡軍が攻め込んできて
戦争となり若者たちは
ほとんどが戦死した。

しかし足を折った老人の息子は、
兵役を免れたため、
戦死しなくて済んだ。

ことわざ辞典

不幸な出来事は心の質的変容の機会

一見、不幸と思えること、
世間ではイケてないとされること、
それは、intangibleの幸せへ
シフトしていく機会です。

そうした出来事は
当然自分でコントロール
できるものではありません。

なんだか、人生がうまくいかない
なんだか不幸なことが起きる
とても生きづらい…
そんな時1人でなんとしようとするのは
難しいのですが、
誰かとの関係の中で、
その出来ごとが癒され

そのことを分割排除するのではなく
心に抱えれるようになる時、
心の深みは一気に増します。

それは外的な変化ではなく
内的な変化なので
目に見えるものではありませんが、
そこを受け入れて生きる時、
その不幸だった出来事は
自分だけオリジナルな彩りを
もたらしてくれる材料であり
それは個人の神話の始まりです。

自分の彩りを知ること、
個人の神話を生きることは、
最初にお伝えしした
intangibleな幸せ、
主体性、自主性、自由に
つながってきます。

tangibleなものだけを求めている時、
突然、自由にしてもいいよと
intangibleな自由を与えられても
それは苦痛につながったりします。

なぜなら、主体性がないと
自由に何を主体的にみずから
表現したらいいのか
分からないし、
幸と不幸を統合した
自分だけのオリジナルの彩を
まだ内的に備えていないからです。

不幸を切り離さず
自分の養分として
統合していくことで
感じる幸せがあります。

不幸は心の発達を促す

マズローの
発達段階は6段階あり、
最上階は、
自己超越の欲求です。

自己超越のの欲求とは、
自己や他者を超えた
“We”の幸せに向けた欲求で
与える、giveする
欲求とも言えます。

この欲求が生得的に
人に備わっているとしたら、
外的に成功すること
つまり自分がどんどん
takeする側でいることだけでは、
なんだか満たされない
幸せを感じない
欲求不満な状態となります。

実際、ユングのクライアントには
こうした社会的に成功しているけども、
中年期に鬱になり、
ユングのところを訪れた
クライアントさんばかりでした。

giveすると言っても
何をgiveするのか分からない、
求められたことに
応えることはできるけど、
自分にとって価値があることを
giveしていくことは
さっぱり分からない。

そうしたこを背景にした
中年期に鬱になることも
よくあります。

鬱になるのは、
イケてないことでありません。
心の発達を促す
精神の円熟味が進む
機会だったりします。

まとめ

不幸を切り離さず
統合して生きることが
どんなふうに
幸せにつながっていくか
いかに幸と不幸は
表裏一体であるかを
お伝えしてきました。

そして、この記事の最後に
問いたいのは、これです。
「今、死の床にあるとします。
どんな人生だったら
幸せだったと
思えるでしょうか。」

幸せってことを考えずに
人生を歩んでいて
死の間際に
幸せだったと感じる
人生を送るのは
なかなか難しいことかもしれません。

人生の転機や、
ふとした時に、
自分にとっての
心の幸せって何なんだっけ。と
考えてみられることお勧めします。

最後までお読みいただきありがとうございます。

無料オンライン講座

【無料オンライン講座】
メールアドレスを登録して、
『人の顔色を伺ったり、
相手にどう思われるのか気になる
本当の理由と、
数ある心理療法の中で
このお悩みに向いている心理療法が
どれかを知れる』
15分の無料動画を受け取る⇓

購読後、メルマガ解除を希望される場合は
メール末尾のURLから簡単にできます。
フォームにご入力いただいた個人情報は、
暗号化通信されますのでご安心ください。

関連記事

  1. 優しい長男の知られざる苦悩。いい子であることは一見よく見えますが…
  2. 仕事も恋愛もうまくいかないことと育った環境の関係
  3. 相手の期待に応えないと価値がないと感じもう疲れて生きる意味を見い…
  4. 30,40代女性が会社で自己表現し活躍する心理的な困難さ
  5. 過食をやめたいのにやめらないことと自分に自信がないことの関係
  6. 上司や友達に正しく評価されなくて、疎外感を感じて寂しい。
  7. 大切な人を大切にするために愛着について知ろう。
  8. カウンセリングで心が丈夫になる時に知っておきたいこと

ピックアップ記事

PAGE TOP
PAGE TOP